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zoom RSS 安倍首相の米議会演説に思う

<<   作成日時 : 2015/04/30 16:42   >>

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 安倍首相が、米国上下両院会議で行った演説は、一部の批判はあるものの、出来としては悪くなかったと僕は思う。
 安倍氏の個人史、日米両国史をかみ合わせつつ、米の戦争犠牲者に深い哀悼をささげたうえで、米国に民主主義のリーダーシップを期待するなどは、今後の米のアジア太平地域へのコミットを確保していくで、米国民、米議会人へのよいアプローチだったのではなかろうか。

 演説の場所が、米議会である以上、日韓、日中間の懸案であるいわゆる「歴史認識」問題に深入りしなかったのは、当然であろう。(その必要があるなら、日韓、日中で首脳会談を開き、そのうえで、しかるべき場所で演説を行えばよいのである。)
 むしろ、以下の引用のように、首相は、先の大戦の深い反省のうえに、平和憲法のもとおこなってきた非軍事の(外交)努力を、「誇り」としているのであり、すでに「戦後レジームからの脱却」から脱却していることが見て取れるのである。つまり、ある意味、歴史認識問題は解決している。

Post war, we started out on our path bearing in mind feelings of deep remorse over the war. Our actions brought suffering to the peoples in Asian countries. We must not avert our eyes from that. I will uphold the views expressed by the previous prime ministers in this regard.

We must all the more contribute in every respect to the development of Asia. We must spare no effort in working for the peace and prosperity of the region.

Reminding ourselves of all that, we have come all this way. I am proud of this path we have taken.

 戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。

 アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。


 問題は、このような戦後日本の歴史を「積極的」に評価する態度から、首相のいわゆる「積極的平和主義」がどのような論理で接合されうるのかということであろう。

 僕は、されえないとは考えていない。
 しかし、そのためには、徹底的に戦後日本の平和主義を肯定しなければならない。平和主義を徹底する、その中から、積極的平和主義が析出されるのでなければ、単なる、言葉あそびと化してしまう。
 それは、「退却」を「転進」と言い換えたような、欺瞞となり、そのような欺瞞は、精神の荒廃をもたらすであろう。
 荒廃した精神からは、秩序は生まれえない。理念・理想の規範力が失われてしまうからだ。

 いうまでもなく、秩序のないところに、平和もまた、ないのである。
 

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