今日は雪

この冬、名古屋では初めての雪が降った。
雪で苦労している方々には申し訳ないが、こどもの頃から、雪は「ハレ」であった。
なんか、少しうれしいな。

犬との散歩で、まだ誰も踏んでいない道を踏みしめ、踏みしめ歩くのは、気持ちがいい。

と、standpoint1989氏のblogをチェックしよ。
「人工中絶について思うこと」
http://standpoint1989.cocolog-nifty.com/hello/2005/02/post.html#comments

おもしろいなぁ。本当に大好物だ。

件の「2ちゃんねる」をみると。うーん。朝からへう゛ぃ。
「2ちゃんねる」というのは、こわいところだ。(くわばら、くわばら)(注)

でも、ちょっと訂正しておこうかな。(悪意はないです。)

民法が出生によって与えているのは「私権」です。「人権」ではないですね。

刑法が禁じているのは、「堕胎」です。しかし、これは「≒中絶」ということもできましょう。というのは、明らかに「堕胎」のことをさして「中絶」と呼ぶ人たちが多いから。
(この方の指摘はいいですね。刑法は堕胎を禁じています。母体保護法は厳格な要件の下に例外を許容しているに過ぎないのです。本当は。)
しかし、同時に刑法が殺人の対象としているのは「人」であって、「胎児」ではないです。保護法益に重要な差があるとされている訳ですね。(刑罰が全然違う)

ついでにいえば、憲法が保障しているのは、厳密には「国民の権利」です。
天皇が国民かそうでないかという有名な論点が憲法学にありましたね。これは、第3章で保障する「国民の権利」が原則として天皇に及ぶか、そうでないか、というものを射程に入れた議論でした。


科学技術の発達により、「胎児」がすでに人として主要な能力を獲得していることが明らかになっています。そうでなければ、「胎教」など、誰もしないでしょう。(これはあくまでも「補助線」的な話です。)

また、「障害者」が健常者に能力的に「劣っている」というのは、根拠のない話です。
これを強調しすぎると、社会保障が不要だという話になりかねないのでイヤなのですけど、障害をもってみえる方の中にも、特定の能力が大変すぐれている方々はいくらでもいます。むしろ、障害をもってみえる方というのは、特定の生活能力に「障害」があるとぐらいに考えた方がよいでしょう。そこをフォローしてあげれば、むしろ、たいへん優れた能力を発揮できるケースも少なくないのです。(これもあくまでも「補助線」的な話です。)


話がスカタンですが、急ぎますので、失礼いたします。申し訳ありません。



(注)文中「2ちゃんねる」とは云々とあるのは、厳密さを欠く表現であった。「2ちゃんねる」自体は別になんということもない。そこに、気分が高揚して不必要な(あるいは、矯激というべき)表現が横溢している文化状況ないしは社会状況が、である。むしろ、これは現代日本社会の病理ともいうべきかもしれない。
などと、また、えらそうに。(反省、反省)(2月6日加筆)

"今日は雪" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント