国民代表議会か国民内閣か、衆参両院のあり方ともに

高橋和之の「国民内閣制の理念と運用」(有斐閣)は、衝撃的であった。何が衝撃的であったかというと、国会というのは、国民各層各勢力の分布をできるだけ忠実に反映することが、良いことだと漠然と考えていた、わたしにとっては、コペルニクス的な見解だったからである。

高橋の主張と理解するものを、簡単にいうと、議会を国民のあたかも「鏡」にようにみたてて、その議会の討論と決議によって国家統治を行う方法がある。これは、議会という媒介物を介して統治のプログラムを選択することになるので、「媒介民主政]」ということになる。
これに対して、二大政党ないし政治勢力が、互いに政治責任者(首相)候補と政策プログラムを提示した上で争い、国民の「直接」的な意思によって、その政策執行責任者と政策プログラムを選択するあり方を「直接民主政」ということなる。
ドゴールの第五共和国憲法のもとで発展したフランス憲法学説と憲法政治の状況の観察から、かかる「強い」行政府も民主的な正当性という点では、代表制と同等に正当性を保持しうると論証した。

高橋は、この著書の段階では、小選挙区制に懐疑的であったが、現在では、小選挙区制に賛成の立場である。自民、非自民の二大政党制的状況が、小選挙区制度への心理的ハードルを低くしたことは間違いない。

ここ数年の国政の経験からは、従来の主権議論や代表制議論からは、見えてこない問題が明白になったといえる。それは、いくら、国民の政治的意思に近い議会をつくっても、議会内での政党・政治家の行動が選挙民の予測に反することが防ぎようがないため、結局、政党の一部有力政治家達による談合をゆるしてしまうということである。
「自社さ」政権の誕生がまずそのようなものであったし、橋本政権、森政権の誕生もいわば、談合の果てに成立したものであった。
もとより、政治は談合である。しかし、選挙民の全く意図しない政権参加は、その結果としての政策遂行は、民主政というより選挙寡頭政というべきであろう。
とすれば、選挙民が、特定の政策パッケージを支持し、同時に政策執行責任者を選び、その執行者に必要な議会勢力を与える選挙制度は、民主主義的であろうし、合理的でもあろう。

とは、いっても、より多くの賛成者を集めた勢力がすべての権力を握るというのは、他方で、危険でもある。
もちろん、多数者の専制という問題もある。
また、別に多数党の多数派は4分の1をこえる勢力で、すべての権力をにぎりうる。これを繰り返していけば、国民一般の多数的政治意思とかけ離れた権力中枢が形成される可能性も、無視できない。選挙によるスクリーニングを受けていると言っても、選挙の際の政策プログラムは要領的であろうから、実際には、かかる危険を排除することはできない。

そこで、一つの考え方だが、衆議院は、政権担当者を選び、重要国策を推進していく国家機関として位置づけ、完全小選挙区制を導入し、逆に参議院は国民各層各派の意思をできるだけ忠実に反映し、かつ、著名な有識者や専門家が選挙運動をせずに議員になれるように全国一区の完全比例代表制にした上で、議席配分については、少数党に有利な制度をとって、衆議院とのバランスをはかるようにしてはどうだろうか。
結局は、衆議院優位であるため、首相公選制のような政府VS議会という不毛な構図はさけられる一方で、第二院のそもそもの趣旨である慎重な政策決定を実現できるのではないか、と思う。
憲法改正というより、まず、このあたり考えてみる価値があると思うのだが、どうだろうか。

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この記事へのコメント

swan
2004年12月05日 00:49
こんにちは。いつも勉強させていただいております。

現在の内閣の機能は、以前とはずいぶん変わってきているという印象があります。橋本行革の結果、01年に内閣法が改正され、内閣総理大臣の指導力強化(発議権等)とともに内閣官房の機能強化が図られました。小泉政権というのは、実は機能強化された内閣官房を活用した初めての内閣であるという見方をするひとがいます。最近、それを聞いてなるほどと思ったのです。

従来の首相のイメージは、強いリーダーシップというよりは、各省庁の利権・政策の調整役であり官僚を操れる自信のあるひとだけがリーダシップを取ることができていた(田中~中曽根)。トップダウンというよりは談合でしたよね。
swan
2004年12月05日 00:49
小泉さんはもともと性格的に根回しが嫌い・説得するの嫌いであることに加え、自民党の勢力基盤がないという要素をもっていました。従来ならば弱点です。そこへ橋本行革の賜物をうまく利用してトップダウンでやるようになったというわけです。とくに官房が強化されたことはテロ対策特措法からイラク特措法にいたる素早い法律立案を可能にしたといわれます。いままで省庁にやらせていたことを内閣官房が企画立案するようになった。官房がヘッドになり各省庁からリクルートした官僚をまとめ上げるという構図です。
こうした変化は、高橋教授のいう国民内閣制的な運用ないしM.duvergerのいう直接民主政と非常に適合的な動きなのではないかと思いますが、どうでしょう。
swan
2004年12月05日 00:50
族議員の根回し政治ではなく官邸主導政治が明確になると、内閣は国民から選ばれていることを強く意識するようになる。政党の影響力が相対的に低下すると、官邸サイドは党員が有権者(票田)から吸い上げてきた多様な政策要請を反映しようというインセンティブよりも、首相は国民世論の最大公約数的な政策をポピュリズム的に行うインセンティブが強くなるかもしれません。郵政民営化なんてまさに、自民党の支持母体に訴える政策というより国民一般の多数的政治意思に訴える政策ですよね。

もっとも人気取り政治になるか否かは国民の見識・リタラシー次第だといえばそうなんですが。懸念されるのは、やはり少数者の声をどう政治に吸い上げてゆくのかということです。自民党でいえば日本遺族会やら農協といったマイノリティの要請を吸い上げる政治がいいのかといえばそうではないし、しかし、国民一般の多数的政治意思にもれるような少数者の声もあるはずで、そこをどうするか。

その点、参議院改革についてのご見解は示唆に富むものと感じました。
nagoyan
2004年12月05日 10:11
コメントありがとうございます。
>小泉政権というのは、実は機能強化された内閣官房を活用した初めての内閣である
なるほど、それを善用しているか悪用しているかが、国民にとって大切なところですよね。
>国民一般の多数的政治意思にもれるような少数者の声もあるはず
ここが、政治制度を設計する際に悩ましい点ですよね。遺族会や農協といった統合されたマイノリティには彼ら自身に抵抗する方法がありますが、分断されたマイノリティの政治意思をどう反映することができるか。選挙制度だけで解決できるとも思えませんが、そういうマイノリティの存在にも目配りできる社会であって欲しいと思います。また、そのための仕組みを考えていく必要があるように思います。
hidekijedi(Twitter)
2012年06月04日 22:03
参議院議員を選挙を経ない有識者で、というが、ではこの有識者は誰がどうやって決めるのか?民主的正統性がなくていいのか?

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