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zoom RSS 和田アキ子とか、出川哲郎とか、よしもと芸人とか、なんでもかんでも売り飛ばすな

<<   作成日時 : 2017/02/06 00:23   >>

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 正直、どうでもいい話なのだが、和田アキ子が、番組の中で出川哲郎に狩野英孝に生電話をかけせたことが、「パワハラ」にあたると批判されているらしい。
 今日(2月5日)の松本人志の番組で取り上げられていたが、芸能界の内側の論理でごちゃごちゃと言っていても全く意味がない。
 小藪なんぞは、顔だけでも見苦しいのだから、そういう見苦しい議論はやめておけ。

 それが法律的な意味で「パワハラ」にあたるかどうかは、関係ない。
 出川の同意はあったのだろう。もっとも、出川が同意していたとしても、同意をせざる得ない関係性が成立していなければ、そもそもパワハラと呼ばれることもなかったであろう。

 それが演出かパワハラかという議論は意味がない。演出でありさえすればハラスメントでなかったということにもなるまい。

 問題は、それが隠された場所で行われたものではなかったということだ。
 それゆえに、和田と出川の間に、なんらのハラスメントがなかったとしても、番組と視聴者の間にある種のハラスメントが成立した可能性があるのだ。
 視聴者は、その局面において、和田と出川の件が、より正しくいえば、番組あるいは局と、狩野との個人的関係さえ商品として売らなければならかった出川との間に露になった赤裸々な権力関係に、深い不快感を覚えたのであろう。
 外套の下に隠していた陰部をさらされたような、下品なものを見せつけられた感覚というところか。

 むちゃぶりがすべて、ハラスメントと受け取られるわけではない。
 しかし、今、どのような善意からでたものであったかもしれないとは思いつつも、結果として、見る者に不快感を覚えさせたということは、エンターテイメントとして成立していなかったというほかない。

 それを、視聴者の神経過敏に原因をすり替えるような議論の運びは、演出家や芸人どもの傲慢である。
 そう、はっきり言えば、視聴者は、そういう作り手の傲慢拷問さを、敏感に嗅ぎ獲ったのである。

 無茶ぶりされた出川がオイシイとか、出川と狩野が事務所が同じで仲がいいとか、そういうことは視聴者にとっては関係のないことである。
 そういう、業界内部の事情を知ってよろこぶ、似非オタク的な視聴者を増やしてきた芸能界であり、メディアであるが、もう、そろそろ、売るものがないからとってなんでもかんでも売り飛ばすような、それこそ「芸のない」ような番組つくりから卒業しろよ。
 

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