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zoom RSS 合衆国大統領の広島訪問に思う

<<   作成日時 : 2016/05/28 02:33   >>

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平成28年5月27日 合衆国の行政府の長であるというだけでなく、その元首にして、最高司令官である
オバマ大統領が、広島の地を訪ねた。

任期も残りわずかになったオバマ大統領のレガシー作りに過ぎないという、皮肉なものの見方もあり、
また、「謝罪」のないことに、批判的な見解もある。

しかし、やや、意識に変化がみられるとはいえ、なお、依然、先の大戦における原爆使用を是とする国民が多い中で、現職の大統領として広島の地を訪ねたオバマ氏の姿勢は、たんなる政治的ポーズ以上の個人的な信念に基づくものであると信じたい。

オバマ氏は、人類が、人類に対してなした不法(「米軍が、日本人に対して行った戦争犯罪」ではなく)について、あの悲しげなまなざしをむけ、そのような不法が行われた地から湧きおこった被爆者たちの平和への祈りの水脈に、静かな希望を見出す。

オバマ氏のそのような正義観念は、ひとこでいえば普遍的なものとしての、人道主義である。

人道主義への揺るがない信念こそが、退役軍人会などの米国内の有力な圧力団体への政治的配慮を押し切って、今回の広島訪問に至らせたものにちがいない。


さて、そうであるとすると、オバマ大統領の広島訪問を、日米の二国間の文脈で読み解こうとする解釈は、あるいは、近隣諸国で主張されていると聞くような、つまり、今回の広島訪問を含めた広島長崎の反核・平和思想を、「加害責任」を放棄するための、我が国の「謀略」であるかのように解する解釈は、あまりにも、短視眼的なものであり、また、視野のせまいものであるといわざるをえまい。

いずれの立場も、ともに、歴史をかたり、文明をかたることはできない、小人であるというほかない。

われわれは、人類史における、遅すぎたとさえいえるかもしれない、一里塚にようやくたどりついた。しかし、それは、ささやかではあっても、輝かしい一歩であった。


サミットは、「厳戒警備」以外は、さして話題にもならなかったようなものだが、オバマ大統領による広島訪問は、たしかに、レガシー足りうるものであった。


しかし、歴史は皮肉であり、人間社会は矛盾に満ちている。
しばしば、哲人の風貌をただよわせるオバマ大統領の後任者に、ひょっとすると、あのような人物が就任するかもしれないとは。。。。



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