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<<   作成日時 : 2015/05/20 16:01   >>

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<元・大阪人として>
 大阪人も大阪市をぶっつぶしてしまうという話には、うかとは乗れなかったか。
 と、元・大阪人としての僕は、思った。

 大阪人の心性として、アンチ東京というのはある。
 だから、橋下徹を、アンチとしての「やしきたかじん」のように愛したというのはあるだろう。

 橋下・維新が唱えていた二重行政の解消という理屈は、支持者の間でも真に受けられてはいなかったのではなかろうか。
 要は、東京並みの「都」になりたい、というのが、本音であったのではないか。政令市がインフレ気味で、政令指定都市では、大阪人のプライドをみたすことができなくなった。

 それでも、大阪が天下の台所として、経済都市として力があるのであれば、地方行政の仕組みなどに大阪人が関心をよせることもなかったろう。
 府知事なんか、お笑い芸人やらせておいても問題ない。市長など、アナウンサーにやらせておいても問題ない。 大阪に、「殿様」はいらない。それが、かつての「民都」大阪の誇りであったろう。
 政治や行政に背を向けるのが、大阪人気質というものであったろう。
 
 しかし、大阪人のプライドは、まず、商売の点から奪われていく。
 大阪の産業界をけん引し、盟主というべき松下に代表される家電は、長期経済低迷の中、いずれも新興国の追い上げをうけて苦戦。
 小売業界で、高度成長からバブル期まで日本をリードしてきた、ダイエーも力を失っていく。
 バブル期に、東京系の都銀の心胆寒からしめた住友、三和もメガバンクに衣替えするなかで、大阪を離れていった。
 無論、大阪の産業力が完全に失われているわけではない。
 しかし、バブル期まではあった、東京に対抗する西日本の雄としての大阪の存在感が、失われてしまったのは、だれの目にも明らかであろう。

 だから、「大阪」なのだ。
 大阪には、東京と同じに「都」が似つかわしいのだ。
 もともと、東京も、東京府と東京市があった。それが戦争遂行の国策のために、東京府と東京市が合併して、東京都となったのだ。
 だったら、大阪も東京と同じように「都」であっていいはずだ。
 
 こういう感情が大阪人の中に起きたのだとしても、元・大阪人としての僕には理解できなくもない。
 無論、大阪人は、アンチ東京だ。そうはいえない。
 東京と同じになりたいというのは、大阪人の名折れだ。
 だから、そうはいえないから、「二重行政の解消」などという得体のしれない理屈を、信じているふりをする。
 あるいは、もっと簡単に、あるいは、もっと大阪人らしく、いえば、「橋下さん、すきだから」とか「橋下さん、がんばってくるから」などという、理屈にも何にもならないことで支持をしているのだというふりをする。

 大阪の経済が順調なら、東京のまねをしたいなどと思う大阪人は皆無だったろう。

 しかし、いよいよ、大阪都になるか、という具体的な話になってくると、
 そんな、気分の話はなくなってくる。
 大・大阪が消滅する。
 大阪市が解体されて、いくつかの特別区になる。
 むろん、現在の区では、行政単位として細かすぎる。
 しかし、大阪でもない、現在の区でもない、新たな編成される特別区に大阪人は、アイデンティティを置くことができたであろうか。
 大阪市民は、大阪府民であることに誇りを抱くことはあるまい。
 周囲の市は、大阪の衛星市であるとされる。
 大・大阪は周囲の市を従える特別な存在である。

 今回の住民投票の結果について興味深かったのは、都心の大阪ではないが、むしろ地理的には辺境の大阪、しかし、どちらかといえば、ディープな大阪で、反対が多かったということである。
 これはのちに述べるように別の解釈も可能だとおもうけども、上記の大阪人の心性についていえば、辺境であり、ディープな地域こそ、大阪市というものに地域共同体としてもアイデンティティを感じる人が多かったことを示していると理解できそうである。

 大阪人は、歴史的な大阪の範囲を愛した。
 大阪を、分断する企てを拒絶した。
 東京は、東京人の町なのか。
 大阪は、大阪人の町であることを、示した。

 橋下・維新は、大阪人の土着性を軽く見ていたのではなかろうか。


<共同体と個> 
 自民、民主、共産。
 議会の多数が、都構想に反対していた。
 橋下・維新は、それこそ、「大阪を蝕む既成勢力だ。既得権にすがる。反・改革派」だとするだろう。

 この橋下を、安倍政権が、親近感をもって眺めていたというのが、今の日本の自称「保守」の底が浅い証拠だというべきだろう。

 自民、民主、共産あるいは公明も、それなりに組織された社会勢力に基礎を置く政党だ。
 それは、民主制の一面の姿である。
 多元的な社会集団が、それぞれの利益を、代表議会という組織を通じて、調整していく過程として民主主義というものがある。
 この複雑で、手間のかかる政治過程を、対決型の政治過程に置き換えたのが、橋下だというわけである。
 対決型とは、敵を想定して(実際は、「創出」して)、その敵に対して対決を挑むとして、大衆の支持を調達する政治スタイルだといわれる。技術的に解決可能な論点も、「勝つか負けるか」というワイドショー的な観点にすり替えられてしまう。
 このようなマスコミ報道によって、市民の政治意識が喚起され、政治参加が進んだというおバカな政治評論家もいる。この手の類は、そういう政治参加は望ましいのかは、あえて論じない。
 Tシャツを着て、ビラさえ配れば、それで望ましい政治参加なのか。
 政治は、お祭りではない。もっと、まじめに考えよ。という忠告を、保守を標榜している連中からも聞かない。

 あえていう。
 橋下の政治手法を全否定する気はない。
 共同体の指導者たる政治家は、その共同体内の小集団の利害を調整しているだけではだめなときがある。
 とりわけ、危機の時代にはそうだ。
 論点を設定し、その論点について、民意を動員して、共同体の方向性を確定していく能力も必要である。

 また、多元的民主政が機能しない場合もある。
 今の日本が、かなり、そうだ。
 自民、民主、共産が、代表している社会集団は、
 大・中小企業の経営者、大企業・官公庁の労働者、中小企業経営者、労働組合などが考えられる。
 もう、30年以上前から、これら産業側の利益代表だけで、議会が占められていることに対して問題が指摘されてきたが、日本の政治勢力そしてマスコミは、組織されない声をして、「無党派」などという実態のないかのような扱いをし、選挙のときだけ「風」扱いをしてきた。
 橋下を地方権力の座に据えたのは、マスコミによって動員された無党派であろうが、彼らは組織がないというだけで社会実態がないわけではない。
 しかし、彼らの声を日常的に組み上げる政治勢力が、日本に存在していないので、橋下のような対決型の政治に動員されて、後には何も残らない結果となっている。

 では、ここでいう「無党派」とはどのような存在であろうか。
 思うに、無党派というものの、「支持政党なし」層ということではない。

 無党派とは、組織されていないということである。
 つまり、裸の「個」が、社会の中に放り出されているような存在ということである。

 かつては、専業主婦のような存在がそのようなものにあたっていたかもしれない。
 今は、専業主婦はお金持ちという社会階層になるだろう。
 極端で、典型的な例でいえば、独身、非正規労働のひとびとがあたる。

 それは、自民、民主、共産、公明…という既存の政治勢力によって自分たちが代表されていると感じことができない人々である。いや、むしろ、積極的に疎外されていると感じている人々である。

 無党派の中核には、経済的には搾取され、社会的には疎外されていると「感じる」人々がいる。
 社会が、殺伐とした競争の場であるとされて、社会連帯の場であることが放棄された結果がここにある。
 「自立せよ」という社会の中には、「孤立」している人間が充満している。

 橋下劇場は、このような人々を観客と想定して成立してきた。


 今回の住民投票で、反対が多かった地域は、大都市大阪の中でも、濃密な人間関係が地域社会に残存しているところが多かったように観察される。
 そういう社会では、本当に、日ごろから支持している政治勢力が自分たちの代表としてふさわしい仕事をしているかどうか別にしても、自分たちの代表者との距離は近く感じているのであろう。


 そうそう、橋下劇場の対決型民主政は、中間団体を敵視し、政治的な結論を、議会内の取引から引き出さずにいわば、住民の一般意思から直接とりだそうとする性向において、よりルソー的な、つまりは、ジャコバン的な政治的な態度である。

 そういう政治的な態度に、「保守」政治家が親近感を感じるという、ある種の「鈍さ」は本当に救いようがない。



 
 

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