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26日は、仕事納めだった。 しかし、中には、職を、また、それとともに住まいを失った人も少なからずいただろう。 派遣労働者や期間工、あるいは外国人たちを襲ったこの「理不尽」な仕打ちは、しかし、もう何年前から仕組まれていた。 人々は、それと知っていて、放置してきた。むろん、わたしも同罪だ。 数年前、ホームレスこについて考える機会を得たとき、「非正規」雇用の労働者は、簡単にホームレスに「転落」するということを知った。 それをケースとして知っていたとしても、社会全体の問題とは受け取めきれなかった。個別の不幸は、あるいは、個別に救済される可能性もないわけではないからだ。(「ホームレス問題」を放置してよいと言っているのではない。念のため。) しかし、今回のように非正規雇用が景気変動に対する雇用の調整弁として使われるとき、その量とそして速度は、もはや、社会問題というしかない悲惨な状況を作り出している。 市場に解決をゆだねようにも、だれも救い手になりようがない。(一部の篤志家的な企業を除けば…) われわれは、不安定な雇用というものを制度として認めた以上、その対象者には、むしろ正規つまりは常用の労働者以上に、手厚い社会保障が必要になるはずだということを予測し、また、用意しておくべきだった。 失業リスクの高い人々が失業保険を受けることができず、その結果、医療費の支払いが困難になりやすい人々が医療保険に入っていないという状態を認めたのは、まったくの失敗だった。 経済界・産業界には、不況時に便利な調整弁として利用する以上、安定した雇用の正社員よりも、ずっと手厚い賃金、保障を求めるべきだったのだ。 国民を「勝ち組」と「負け組」に引き裂いた政治の罪は大きい。 いうまでもなく、「負け組」の悲惨をもたらした罪は最大だ。しかし、今日かろうじて「勝ち組」である者も社会が失われてしまえば、結局敗北者となろう。まったく、明日はわが身だし、社会全体が萎縮してしまっては、景気回復の見込みなんぞない。 その意味で、社会を分断し、破壊するような政策は、だれも幸福にできず、そのような政治は、誰にとっても犯罪的だったことが明らかになりつつある。 過ぎたるは猶およばざるが如し。 保守主義の精髄(中庸主義)を軽んじた、自称「保守」どものために、社会の伝統的な紐帯は完全に破壊された。そのつけが、ここにきて噴きでたかのようだ。 この年の瀬に、路上へ放り出されるようなことになった人たちに。 せめて、自殺はしないでほしい。 暴動でも、革命でも、好きなことをすればいい。 自殺して、冷血漢を喜ばせるようなことだけはしないでほしい。 明日が、われわれに、よりよき日でありますように。 |
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