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help リーダーに追加 RSS 御恥辱も顧みず 〜大阪府政に思う〜

<<   作成日時 : 2008/06/22 12:03   >>

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ボクは名古屋人であるから、徳川吉宗に対してはいささか反感を感じてしまう。
しかし、彼が上米令を布告した際の態度は、潔いと思う。

本来、主君は家臣に約束した知行・俸禄を支給すべき義務がある。しかしながら、己に徳薄いがために、家臣に約束どおりの知行・俸禄が支給できなくなった(上知の場合は、家臣の知行に対して「借り上げ」という形で上納させる)として、不徳を詫びる。幕府の苦境を包み隠さずに諸大名以下に訴えて、協力を頼みまいらせるのである。

笠谷和比古「武士道と日本型能力主義」によれば、吉宗の上米令のこの態度は、諸藩において踏襲されたとして、次のように説かれる。
つまりここでは、藩主の藩政運営に関する政治責任が、最初に明確にされている。よしんば、前藩主の失政によることであっても、藩主の地位を承継した以上は、その責任をも承継せざるを得ないということである。(P124)


平成10年度から数年間、東京都を始めとする地方自治体(主に法人事業税を主力とする都道府県)を深刻な財政危機が直撃したことがあった。これは、直接には、景気後退による税収不足が原因ではあったが、間接的には、国の景気対策に半ば強制的に協力させられて基金まで取り崩して財政拡大を続けたことも原因であったろう。
このときには、東京都を除くすべての都道府県が交付団体入りをし、大阪府や、愛知県でさえも、再建団体入りの恐怖に身をすくめていた。
今日、東京は、地域としては、徹底的に「勝ち」続け、従前の「一極集中」をはるかにしのぐ、富の集積(収奪)が成し遂げられているかのようである。
愛知は、幸いにして、トヨタの業績回復、中部空港、万博などに支えられて、地域経済が堅調な成長を遂げ、一応、現在は、危機を脱したように思われる。
大阪は、府市の公的役割が見直されることが少ないままに、地域経済の後退がずるずると続いている。
思うに、府の赤字体質は、府の無駄遣いもさることながら、税収増がみこめない地力の低下こそが実は最大要因なのではなかろうか。その意味では、まさに巨大な「夕張」である。
そうであれば、大阪に、金を稼げない人が大勢いる限り、府市の再建は難しいということのように思える。民間には力があって、官公には力がないという、世間受けする「大阪像」はおそらく間違っている。大阪は、民間も官公も力を失っているのだろう。

自治労は、大阪府における知事と組合の対立を、全国的な問題と受け止めているようだが、それは、知事の策略に乗るようなものだ。
大阪は、半ば破綻団体なのであって、破綻団体における従業員の運命は、官民でも異なることがない。
むしろ、破綻の原因を職員に、求める見識のなさ、民主主義を仮装した権威主義的態度をこそが批判されるべきであろう。
ボクは結局のところ、府職員は、知事のいうような給与削減案を飲まざるを得ないと思う。しかし、府職員が怠惰であったからでもなく、強欲であったからでもない。府政を預かるものたちが、府民に正直に実情を話すこともなく、漫然と、赤字体質を放置していた結果であろう。むろん、それに職員も安住していた。職員は、むしろ、知事が職員給与をカットしてくれたことに感謝してもいい。職員に血を流させれば、次は、当然府民である。職員が流す血が赤ければ赤いほど、府民の怨嗟は知事に向かうであろう。

知事は、もっとソフトに話しかけても良かった。吉宗のように。
組合幹部のどうしようもなさは、どうしようもない(なんだか、知事の引き立て役のような…)が、徳薄きを感じさせる、およそ君子人でない物腰は、いずれ、府民の反感を買うことになるだろう。

笠谷は、先の引用部分につづいて、次のように言う。
しかるのちに、家臣団に同意を求め、そして借知の措置に踏み切るというスタイルが一般化していったのである。このデモクラティックな政治手法が、吉宗によって切り開かれ、そしてそれが享保の時代を超えて徳川社会に広く浸透していったという点は銘記されてしかるべきことと考える。


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