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help リーダーに追加 RSS 勇なき者

<<   作成日時 : 2008/04/15 22:55   >>

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 ボクはチベットについて、ほとんど詳しいことを知らなかった。中国によって、独立を奪われ、弾圧され、ダライ・ラマは亡命し、パンチェン・ラマ11世が行方不明になっている程度のことはぼんやりとしっていたが、中国人もあくどいよね、という程度の認識しかなかったと告白しておこう。
 だけど、チベットは中国中央のおかげで、近代化したし発展もしたんじゃないの、という、これまた、お粗末な認識しかなかったことも付け加えておこう。

 ようやく、最近になって、青海チベット鉄道が走るやらなんやらで、多少の情報や映像にふれるうちに、チベットは本当に豊かになったのだろうかと思うようになった。
 むろん、「絶対」的には豊かになっただろう。
 しかし、豊かさとは選択肢の幅つまりは自由を意味するものだとしたら、チベットが「発展」するともにチベットの人々は、むしろ豊かではなくなっているのではないかという気持ちになってきた。
 たとえば、漢人企業の進出により漢人経営者の頤使に甘んじなければならない立場になったり、子供は漢人教師の教育をうけなければならず、出世しようとすれば漢人幹部に服従しなければならないようになった。市場社会化は、かつての素朴な現地社会を破壊し、現象的には「漢人社会化」をチベットの人々に押し付けているのではなかろうか、などと思うようになった。
 格別の根拠もないけど…

 だから、ダライ・ラマは五輪に反対していないとかなんとか、独立を欲しているとかいないとか、あるいは、チベット仏教やチベットの文化伝統がどうとかこうとか、なんかそういう話はピンとこないけど、チベットの人たちが生活に不満をいだいても、それを表明する状況にないということ、つまり、不満を表明したとたんに「分離主義者」として迫害されてしまうのだろうということ。
 そういう状況にあるのだろうということに、気持ちが暗くなる。

 日本社会の中で、人権が十分擁護されているのだろうか、といえば無論そうではない。
 たしかに、日本社会における少数者の権利に冷たいと思われる人が、チベットの人権状況を声高に論じる様には、正直、鼻白む思いがする。
 しかし、それはチベットの人権状況を問題としなくてもよいことを、まったく、意味するものではない。


 長野が、日本における聖火リレーの会場となっている。
 長野の関係者は、聖火リレーが成功裏におわることを、こころから望んでいるであろう。それは、たしかに無理からぬことでもあろう。
 そのことを批判するような高みにたとうというのではない。
 聖火リレーに、様々な思いを寄せ、様々な尽力をしてきた人々がいるであろう。それぞれの、ひとつひとつの、ドラマの前では、遠い異国の話は説得力を有しないとしても、それを想像力の欠如とかいうように責めることはできない、と、わたしは思う。(わたしも、その程度にしか想像力を有し得ないから)

 にもかかわらず、たとえば「五輪(スポーツ)と政治(チベットの人権)は違う」というような、紋切型に出会うと、それはそれで…

 オリンピックが平和の祭典であるというのは、真偽しらないが、古代オリンピックにおいては、戦争が禁じられたという。
 中国政府によるチベットの弾圧が現在進行形ですすむ中、オリンピックの精神をいかにまもるかということは、聖火リレーを守るということより、はるかに重要なことである。

 わたしたちの社会は、チベット問題から目をそらそうとしている。
 それは、単に一個のチベット問題から目をそらすというだけでない。目をそらしてはならないものをあえて見ようとしない態度をとることを見過ごそうとすることでもある。

 事あれかし、と望むわけではない。そうではない。
 しかし、辞退者がでたという話もきかない。
 やめるべきだという話があるという話もきかない。
 このまま、われわれの無気力で無関心なうつろの目の前を聖火がとおっていく。

 …それで、たぶん、いいのだろう。
 不愉快な澱のような気持ちは、いずれゲームの熱狂が消し飛ばしてくれるだろう…
 
 
 
 

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チベット蜂起支援・インスタント平和運動
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罵愚と話そう「日本からの発言」
2008/04/16 05:52

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