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zoom RSS 柳沢大臣の失言について思う

<<   作成日時 : 2007/02/01 23:02   >>

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 女性を機械視したのが、いけないのか。
 それとも、女性を機械に「譬えた」のがいけないのか。

 大臣の発言の文脈をよく分析してみたわけではないけど、おそらく、彼がいいたかったのは、こんな程度のありふれた事実だったのではなかろうか。

 第二次ベビーブーム世代等の現在30歳代の女性が「出産適齢」を過ぎてしまうと、ひとりの女性がいままでと同じようにこどもを生んだ(つまり、合計特殊出生率が変わらない)としても、このあとには第一次・第二次ベビーブーム世代のようなボリュームのある世代はないので、次世代人口は確実に減少してしまう。
 これは、人口構成(ピラミッド)をみれば、一目瞭然であろう。
 第二次ベビーブーム世代がこどもを作らずに終われば、後の世代がどんなに励んでも、おそらく、少子化というよりも人口構成の改善は無理であろうと思う。

 なにかと評判の芳しくない(たとえば、「教育に失敗した」など、と)「団塊」世代ではあるが、「Jr」世代は、教育はおろか、子作りにも「失敗」しているわけで、これをこのまま放置すれば、大変なことになってしまうわけだ。

 さて、大臣の発言は、おおよそこんな事実を指摘して、だからこそ、合計特出生率つまり女性が産む子供の数を増やしましょうということなのだ。

 なんで、機械にたとえる必要があったのかよくわからない。


 しかも、少子化対策という施策を考える立場にある大臣が、少子化が女性がこどもを産めば解決とも、とれる発言で終わっているのは、たしかに…、いただけない。

 少子化とは、そりゃ、現象的には女性がこどもを産まないから起きる。そりゃ、こどもを産むことができるのは、女性だけだから、当然だ。
 しかし、女性が子供を産まないのは、女性が自主的・自発的にそうしているからなのか。むしろ、社会的・構造的な要因がそうさせているということはないのか、と考えることができよう。
 つまり、女性に子供を産まそうと考えても、解決に結びつかない可能性もあるわけだ。

 ヨーロッパで少子化を「克服」(?)できた国々は、いわば婚姻制度の自由化、家族形態の多様化という戦略で、非婚・未婚→出生率減という流れを断ち切った。
 日本で、このモデルがそのまま利用可能かどうかは、わからない。
 おおくは期待できないかもしれないが、ひとつの処方でもあろう。

 なんだかんだいっても、結婚すれば、こどもの一人や二人は持つだろう。(これは、経済的な事情が若干苦しくても、そうだろうと思う。)
 すると、「結婚支援」的な施策を考えるというのも、また、ひとつの処方でもあろう。

 いや、はなしがどんどんそれてしまって…
 つまり、女性を機械にたとえてみても、「現象」は説明できても、「本質」というとくちはばったいが、つまり、その実質を抉り取って聴衆に見せることなどできるはずもなかったということだ。

 ま、しかし、たいした話ではない。
 人間をモノ視すれば、モノ視された人から、反発を買うであろうことは、当然予想されてしかるべきだろう。
 こんなのは、唯物思想などとはなんのかんけいもない、「礼儀」の問題だと思うけどね。
  

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>「礼儀」の問題

空気の問題とも(笑
スワン
2007/02/03 00:07
後日談書きました。
nagoyan
2007/02/03 19:13

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