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事件を簡単に記すと、 向井亜紀さん夫婦が、米国で現地の女性に依頼し夫婦の人工受精卵を受胎させ出産させた子を、わが国で実子として出生届を提出しようとしたところ、不受理となった。 これを不服として、裁判で争ったところ、二審で向井さん夫婦の勝訴判決(出生届を受理せよとの判決)が出されたものである。 とでもなろうか。 この高裁判決を読んだわけではないので、勘違いがあるかもしれない。 たしか、向井さんの訴えを認めた高裁判決は、向井さんたちが実子として出生届をだした子の福祉のためには、出生届を受理すべきだという論理であったと思う。 もちろん、それ以外にも、向井さんの主張を認容すべきとするのであろうが、おそらく、理屈付けはどうあれ、動機としては、この部分が大きかったのであろう。 というのは、向井さんたちは米ネバダ州の裁判所により実子として扱う命令を受けており、これに反する判決をわが国の裁判所が下してしまえば、子の帰属先がなくなってしまい、そのような重大な不利益を子に負わすことはできないという判断であったように思う。 わたしは、渉外法はさっぱりなので、このような場合に、渉外事案なのか、そうだとして準拠法がどうなるのか、まったくわからないが、高裁判断を実質的に考えれば、十分首肯しうるものであるようにも感じる。 ただ他方で、法務省の抗告の判断も十分納得できる。 わが国では、有名な昭和37年4月27日の最高裁判決が次のように判断を下している。 なお附言するに、母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知を俟たず、分娩の事実により当然発生すると解するのが相当である つまり、わが国の司法判断は「母子関係は分娩の事実によって発生する」と考えていると捕らえられてきているのであり、高裁判決はこの点で新しい判断を含むものともいえる。そのように解することが可能である以上、最高裁の判断を仰ぐ必要があるわけである。 むろん、現代医学を前提としない最高裁判例が今日そのまま妥当するかは、不明である。しかし、これは法務省判断の批判の根拠にならない。妥当するかどうかは不明である以上、最高裁の判断が必要だというのが法務省判断なのである。 また、逆向きのケースが存在することについても、留意が必要であろう。 つまり、今回のケースは母体を借りたのであるが、卵子の提供を受ける形の「不妊治療」も従来から行われており、これとの整合性という問題もあるかである。 まず、夫婦の精子と卵子をとりだして人工授精させ、これを妻の胎内に戻して出産させるという形の不妊治療がある。これを認めるのに異論は少なかろう。 ついで、認められたのが、卵子自体が妊娠に適さない夫婦に対して、夫の精子と第三者から提供を受けた卵子とを受精させ、これを妻の胎内に入れて出産させる形の不妊治療である。前段の不妊治療と比較すると、卵子を「借りた」点が違うのだが、臓器移殖が認められるのであれば、比喩的にいえば「卵子の移殖」も、認めることもあながち不合理ではないかもしれない。 これは精子であっても理屈は同じであろう。(というか、精子の方が主流?) 実際、精子・卵子ともに第三者の提供によるケースも認められている。 しかし、これを認める以上、精子・卵子は「単なる臓器のひとつ」(つまりモノ)に過ぎないと考えるわけであるから、向井さんたちのケースについていえば、向井さんたちは臓器提供をしたに過ぎないはずである。 わたしの比ゆはべつとして、遺伝と親子関係を切り離す判断は、平成15年の厚生労働省の報告書によっても示されている。 (2)精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療の施術別の適用条件 こうしてみると、自分で子を産みたいという女性の願いについては、このような制度的な手当てが必要であったろうと思われる。 「代理母」が既婚者(既婚者でなくてもいいのだけど)で、実は子がほしかった場合に、産んだ子を自分の子としたいと考えたら、上記の母親たちと何が違うというのだろう。 当初結んだ契約だけが、違うだけだ。 とすると、身分関係が、契約によって動くことにならないか。つまり、子の親を契約でさだめるということに他ならない。 これは、いいかえると、子を契約で「売り買い」することではないだろうか。 精子・卵子の提供による不妊治療が認められている現在から出発する以上、「代理母」は、わたしにとっては、容易には認め得ないように感じられる。 また、「代理母」については、女性の「母性」を売り買いするという面がある。 ある人間の特定の「機能」だけを、他人のものとするということはどういうことであろうか。いや、単なる役務の提供さ、と考えることもできないのではないかもしれない。ヘルパーがオムツを変えるとのかわらない、と。 そうなのだろうか。むろん、どのような労働も労働者の人格と分かちがたく結びついている。しかし、「母性」というのは、まさに人格の一部ではないだろうか。 ここで、考えているのはきわめて原理的なものであって、向井さん夫婦と「代理母」の女性との間に存在した人間的関係についての評価を一切含むものではない。向井さん夫婦とその女性との間に存在した人間的関係は、まさに人間愛に基礎付けられた関係であったのだろう。わたしは、向井さん夫婦を非難するつもりはまったくない。 しかし、個別の事例を離れて考えれば、やはり、人間を道具視する考え方をその基礎に有していると評価せざるを得ず、そうである以上、賛同しがたいのだ。 母子関係が分娩による基礎付けられるべきであるという主張によって、向井さん夫婦の願いを打ち砕く理由になるであろうか。わたしは、ならないと思う。 しかし、たしかに、妊娠・出産を経なければ、自然な親子関係が築けない、という主張は根拠がないであろうが、しかし、それ以上に、遺伝子にこだわるのは、どうも観念的な血統主義ではないだろうか。 国際養子縁組は、どうもきれいごとではすまない面があるが、それでも、北欧諸国を中心にアフリカなどの途上国から養子を迎えているのは、私たちの社会でも少々見習ってもいい。 子を育てることの喜びは、自分たちの遺伝情報を残すものでないものに愛情を感じられないほど偏狭なものでもないだろう。 むろん、向井さん夫婦のような方々が、「自分たちの子」をほしいと切実に願っているという気持ちは理解できる。 しかし、「自分たちの子」とは何かが、問題なのだ。遺伝子され受け継いでいれば、いいというものではないであろう。社会的な不都合が大きすぎるように感じるので、やはり認めがたいのではないだろうか。 向井さん夫婦の件にひきつけて考えれば、その子を養子として「ひきとる」ことはできなかったのであろうか。(もっとも、日本でできない「代理母」を海外で雇って、便宜的に養子としてひきとるというようなやり方は好ましくない。本件の個別的な解決方法として述べたまで。) それに、「代理母」「借腹」って、究極の「側室」制度であるように感じる。 なんか、…賛成しがたい。 (…本題前に力尽きた。) |
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向井亜紀
向井亜紀情報満載です! ...続きを見る |
http://10tyouget.liv... 2006/10/12 11:21 |
向井亜紀さん代理出産問題
個人的には代理出産で生まれた子供を自分の実の子として認めてもよいと思うのですが、どうなんでしょうか・・・ ...続きを見る |
検索キーワードランキング 2006/10/28 06:48 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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nagoyanさまこんにちは。本題前に疲れてしまう気持ちよくわかります。代理母に関しては先進国では禁止の方向にあると思います。アメリカだって多くの州は禁止です。いろんな意味で医療先進国のアメリカでも代理母にまつわる様々なトラブルが多いため禁止の流れになっているのだと解釈しています。その中には子供のメンタル面での影響もあるでしょう。 |
ちゅん 2006/10/12 13:26 |
>この件で「高田夫妻」という人少ないですね。やはり産むのは女性だからかな。 |
nagoyan 2006/10/14 09:47 |
InfoC管理者といいます。はじめまして。代理母に関する話題に関して書いていらっしゃるので、コメントを送りました。私、ナノピコ放送局(http://www.infococktail.co.jp/pickup/contents.cgi?topic_id=9)というサイトを運営してまして、代理母の問題を含め様々なテーマに関して、トラックバックを用いて皆様の意見を集めています。ブログ読者を増やすのにもお役に立てると思います。トラックバックしてみませんか?代理母以外でも興味があるテーマがありましたらブログ記事のトラックバックを送って下さるとありがたいです。解説はhttp://www.infococktail.co.jp/index7.htmlにあります。勝手なコメントを送り申し訳ありません。ただブロガーの皆様のお役に立てるサイトになるのではと考えています。よろしくお願いします。 |
InfoC管理者 2006/10/20 03:30 |
生殖医療に関しては、正直身近な問題だとは思っていませんでした。しかしながら、実兄がAIDにより子供を授かりもうそろそろ産まれる段階にいたって両親の心情、私自身の心情から申し上げると。「血のつながりのない子を受け入れられない。」の一言に尽きます。親戚としてですが。 |
かおり 2007/05/13 22:14 |
かおり様 |
nagoyan 2007/05/16 18:08 |
私事ですが、わたくしもしばらく子を授からなかった時期がありました。専門医の診療を受けようかと妻と相談していた時期もあります。わたしは、もし治療が妻の負担となるようなら、子がなくてもいいと思っておりました。妻がどう思っていたかわかりませんが、その旨、実家の母に通告したこともありました。母としては言いたい事もあったかもしれないとは思います。 |
nagoyan 2007/05/16 18:08 |
返信遅れました。 |
かおり 2007/09/03 22:20 |
返信遅れました。 |
かおり 2007/09/03 22:20 |
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